STRIDE カスタマー部 CS課 浅川友里

2026.06.24

Staff stories

アウトドアが大好きで、得意の英会話を駆使した仕事がしたいと思いつつ、なかなか理想の職場にめぐり会えずにいた女性は、新潟県・妙高のローカルネットワークを通じてSTRIDE(ストライド)の一員となった。そして、カスタマーサービスというブランドの総合窓口を担当し、ユーザーと真摯に向き合う仕事にやりがいを見いだす。今回は、自然豊かな妙高で理想のワークライフバランスにたどり着いた、浅川友里さんの物語です。

文◎伊藤俊明
写真◎平元 岳

小3からスノーボードだったが、カナダでスキーのカッコ良さを再認識。いまはどちらも楽しむ

ファンをつくる仕事

新潟県の妙高高原には、「STRIDE LAB(ストライド・ラボ)妙高」のほかに、ストライドが扱う全ブランドのカスタマーサービスを担うオフィスがある。浅川友里がここで働きはじめて、もうすぐ2年が経つ。

浅川がストライドに入ったのは、カスタマーサービスを構築した佐野弘史と知り合ったのがきっかけだった。初めて会ったのは、たしか、妙高に移住してまだ間もないころに参加したローカルの飲み会。よく覚えていないのは、佐野がどこにでもいたから。

「ストライド・ラボに行くと、奥のテーブルでいつも佐野さんはパソコンに向かっていました。でも、サーフィンで海に行けば海にいるし、山にスキーに行けば山にいる。なんだか遊んでばっかりで、なにをしているのか、ぜんぜんわかりませんでした」

浅川は、妙高に住む祖父母が施設に入ったのを機に長野から移り住んだ。妙高のとある企業でマーケティングの職を得たが長続きせず、駅前の「Myoko Coffee」で働いていた。この先どうしようかと考えながらコーヒーを淹れていると、佐野がコーヒーを買いにきた。アウトドアが好きで、ブランドの仕事に興味があって、やってみたいとぼんやり考えているまさにそのときだった。

佐野弘史がひとりで始めたカスタマーサービスは、この4月から4人になった

思わず尋ねた。

「佐野さんって、どんな仕事しているんですか。求人していませんかって聞いたら、『仕事はあるけど、忙しいよ』って言われて。次の日には話を聞きに行きました。仕事の内容を聞いて、あぁ、ちゃんと働いているんだって(笑)」

ブランドの仕事がしたいという思いは、海外生活への憧れとともにずっとあった。しかしイメージしていたのは表側に立つ仕事で、裏方ともいえるカスタマーサービスがどんな仕事か、それまでまったく知らなかった。

カスタマーサービスへの問い合わせは多岐に渡る。商品の特徴や選び方のようなよくある質問をはじめ、入荷状況の確認から不具合のクレームまで、なにを聞かれても対応できるよう情報はつねに更新しているが、その都度学ぶことも少なくない。

手応えを感じるのは、相手のネガティブな感情をポジティブなものに変えられたとき。商品に不具合があったり、壊れてしまったりしたときも、カスタマーサービスの対応が良ければ丸く収まる。トラブルは製品の不良とはかぎらず、使い方が悪かったケースもあるが、どんな場合でも困っている顧客には最善の策を探して提案する。

「こちらができることをしたときに、『ALTRA(アルトラ)にしてよかったです』とか、『これからも使います』と言っていただけるとうれしくなります」

返品や交換、ときには修理対応も行なう

ともすれば、クレーム処理に追われるイメージが強いカスタマーサービスだが、本質はそうではないことを佐野から学んだ。

「『ブランドのファンをつくれる可能性を、いちばん持っている仕事だよ』と教わりました。言われてみれば、なにかトラブルがあったときに、『また買おう』となるのも、『もう絶対に買わない』となるのも、直接対応するカスタマーサービス次第です。なるべくならファンを増やしたいし、良いファンをつくっていきたいと思います」

心から好きだと思える仕事がしたかった

長野県で生まれて、祖父母がいる妙高でスキーを覚えた。叔父が池の平スキー場で働いていて、子どものころは顔パスでリフトに乗れた。

「高校生になって友だちと滑りに行くようになるまで、池の平以外のスキー場は知りませんでした」

4人姉弟の末っ子。年が近い兄と遊んでいたので、男の子らしい遊びが多かった。小学生になったころに9歳年上の姉がイギリスに短期留学をした。写真を見たり、お土産をもらったりして、「こんな世界もあるんだ」と知った。以来、海外での生活に憧れて、姉と同じ高校に進み、同じイギリスに短期留学。短大を卒業したのち、2年間カナダに留学した。

カナダ留学中にはアイスクライミングにも挑戦。アルバータ州ジョンストンキャニオンの氷壁にて(本人提供)
まだ入社前、初めて訪れた妙高店の旧店舗でアルトラのシューズを購入。駒村店長と記念の一枚(本人提供)

実家は幼稚園を経営していた。短大で幼稚園教諭免許と保育士資格を取るから、そのあとの2年は留学させてほしいと両親に願い出た。

「2年目はワーキングホリデーで働けるから、金銭的にもそこまではかからないと思うと交渉しました。短大と合わせてトータルで4年。4大に行くのとトントンくらいかなっていう計算です(笑)」

最初の1年は語学学校に通った。活発だったが人見知りで、初めての人と話すのが苦手だった。周りを見て、そんな自分を変えた。

留学生は世界中から集まっていた。長く滞在する人もいれば短い人もいたが、だれもが前向きで積極的だった。授業中もわからないことがあればどんどん質問が飛んだし、正しいか間違っているかは気にもせずに、よく会話した。たとえ間違っていても、恥ずかしがる人はひとりもいなかった。

最初に話をして、いちばんの親友になったのは同じ歳のブラジル人だった。

「とにかくよく喋るんですよ。『喋る、踊る、テキーラ!』みたいな感じでした。日系3世で顔はアジア人だったので、外見とのあまりのギャップに、『なんだ、この子は』と(笑)。でも彼女のふるまいから、自分を表現することで人と仲良くなったりもできるんだと教わりました。『あ、こんなにシャイでいる時間がもったいない』と思って。自分でも感じるくらい、マインドセットというか、意識が変わりました」

ストライド・ラボ 妙高のお隣にある「Myoko Coffee」は普段からよく利用している。店を辞めるのは気まずかったが、オーナーは「妙高にいてくれればいいから」と言ってくれた

帰国後、最初に勤めたのは好きな海外ブランドを扱う会社だった。アルバイトでインストラクターをしていたスキースクールがその会社のサポートを受けていて、社員がスクールに遊びに来たりしていた。

「顔見知りにもなって、『先週ヨーロッパに行っていた』なんて話を聞いて、仕事で海外に行かれるなんていいなぁ、かっこいいなぁと思っていました」

晴れて正社員になったものの、配属されたのはブランドとはまったく関係のない部署だった。初めての東京でのひとり暮らし。しんとしたオフィスでパソコンに向かう仕事や、通勤の満員電車がストレスになった。

「上司には考えがあったらしいことをあとになって知りましたが、ブランドの仕事をできる未来はあるのかな、なんて悩み始めてしまって……」

1年で「メンタルがブレイクダウン」して、長野の実家に帰った。

しばらく身体を休め、働けるようになると夏はスターバックス、冬はインストラクターの仕事をした。人づてに回ってきた「英語が話せて、スキーが好きな人」という条件に手を挙げて、白馬で外国人向けツアー会社の受付をした。そのあとは、白馬でつながったイベント事務局に入った。

外国人アスリートをサポートする仕事はやりがいがあった。海外事務局のスタッフとも良い関係をつくれたし、コロナ禍も乗り越えたが、5シーズンで卒業した。移住した妙高でマーケティングの仕事を見つけたが、半年で辞めた。

友人には、「またすぐに辞めちゃって」とか、「そんなにすぐに、よく辞められるね」と叱咤された。親にも心配をかけたと思う。会社ってそういうものだと思う一方で、自分が納得できない環境や人といっしょに働き続けることはできなかった。

「自分の好きな会社で働きたいし、『こういう仕事をしています』って自信をもっていたいし、だけど、そういう気持ちが湧いて来なかったり、なんかイヤだなと思ったり、なんのために働いているんだろうと考えてしまうとダメでした。周りにはきっと、好きなことばかりしていると思われていたのかな。でも、いいじゃんって。だって私の人生なんだもん、好きなことやりたいよって思うんです」

投げやりではなく、開き直るでもなく、明るく言い放つ。そんなふうに話せるようになったのも、ストライドで働くようになってからだという。目を輝かせて溌剌と話すその様子から、弱々しい姿は微塵も想像できない。

冬は、朝イチで滑ってから出社することも

いまは仕事が楽しい。入社したときからブランドも増え、業務は少し変わってきた。カスタマーサービスの仕事に加えて、「ストライド・ラボ ボルダー(アメリカ・コロラド州)」のサポートや、一部ブランドの本国とのコミュニケーションも任されるようになり、ますますやりがいを感じている。

これからやりたいことを尋ねると意外な答えが返ってきた。

「ブランド担当になりたいという気持ちは、前ほどはありません。それよりも、求められたときに柔軟に対応できるようになりたいです。そのためにはブランドの知識だけでなく、いろいろ覚えておかなければいけないことがあると思っています。少なくとも、なにを頼まれても、『やってみます』と言えるくらいにはしておきたいですね」

海外生活への憧れも以前ほどはなくなった。逆にいまは、妙高にずっと住みたいと思っている。

「妙高で、すべてのピースが揃いました」

紆余曲折はあったが、浅川友里は、自分の居場所を見つけたのだ。

お気に入りは Ibex(アイベックス)の「ランブラークルーソックス」。山も日常もOK

Profile

浅川友里(あさかわ・ゆり)
長野県出身。短大卒業後、2年間のカナダ留学で、2歳から12歳の子どもに英語を教える資格「TESOL for Children」を取得。スキーインストラクターのアルバイト時代に「SIAアルペンスキー教師ステージ Ⅰ」 を取得。さらにヨガ指導者の資格も持つ。冬はスキー。春夏秋はラン、サーフィン、ロードバイク、ときどき釣りも。リフレッシュできる環境がすぐそばにある妙高が、とても気に入っている。

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