一般的に営業職のおもな仕事は、自社が扱う商材を得意先などに提案、橋渡しして市場を広げていくこと。どんな業界でも会社の売り上げを支える重要な役割だが、実際はどんなふうに動いているのだろう?多くのブランドを抱えるSTRIDE(ストライド)の営業担当、前野善太郎さんの1日に同行してみました。
文◎伊藤俊明
写真◎矢島慎一
ショップとともにブランドを育てる
前野がストライドに合流したのはおよそ半年前。前職は卸売業、いわゆる問屋の営業担当だった。問屋はメーカーから商品を仕入れて小売店に販売する中間業者。前野がいた会社は多くの有名アウトドアブランドの製品を取り扱い、全国の小売店を相手に仕事をしていた。ストライドでの日々こそまだ浅いが、広く業界を見渡してきた経験は大きな強みだ。
「自分がいた会社は山の道具だけでなくキャンプ用品も扱っていたので、アウトドア業界全体でどういう流れで物が動いているのかを、おおまかではありますが把握できました。そんなふうに業界を俯瞰できるのはすごくおもしろかったです」
大きなトレンドはあるが、「いまなにが売れるか」は、店によっても変わる。営業の日々の仕事は、地道な(前野曰く「泥臭い」)作業の繰り返しだ。電話をかけ、メールを送り、店を訪ねてコミュニケーションを重ねる。そうすることでその店の志向や得意分野、そのエリアの特徴や客層の理解を深め、見合うものを提案する。
「問屋だったので、たくさんのブランドや商材を扱っていました。たとえばバックパックでも、機能を追求したA社のものもあれば、リーズナブルなB社のものもある。多くの選択肢のなかから、それぞれのお店とそのお客さまに合いそうなものを当て込んで提案していくのは、大変ですが楽しくもありました」
営業の肝はコミュニケーションにある。初めて訪ねた店で、「この新製品おすすめですよ」といきなり切り出しても、だれも相手にしてくれない。まずは対話を重ねて信頼関係を築く。何気ない雑談のなかから糸口を掴むこともある。
そうして相手にフィットするものを探し出すのはやりがいがあったし、うまくはまったときは達成感もあった。しかし、経験を重ねるうちに、もう一歩踏み込みたくなってきた。
会社には、独自に輸入しているブランドもあった。いいものをつくっていたが知名度は低く、可能性は感じられたが、ブランドを育てるために使える時間も労力も限られていた。メインの問屋業はあくまでも物流の中間地点で、「数字とにらめっこする」のが仕事。ブランドを伸ばそう、多くの人に手にとってもらおう、というところまではなかなか手が回らなかった。
「ショップとがっつり組んでブランドを根付かせる、そういうメーカー的な仕事に興味がわいてきました。売れているものやお客さまがほしいというものをただ提案するのではなく、自分がいいと思うブランドを現場とともに育てる。お店の軸はぶらさずに、たとえば3年とか5年という長いスパンで売り上げを伸ばしていくような仕事がしたいと思うようになりました」
ストライドは、チャンレンジを良しとする会社だと聞いていた。面接で、思いの丈をぶつけた。取引先には、モノの良さだけでなくブランドの理念のような根幹部分を提案して、それを理解してくれる専門店を地方の拠点としていっしょにブランドを育ていきたいと話した。意図しないカタチで売れて、ブランドの方向性が変わってしまうことには危機感をおぼえていた。
入社して半年。事前のイメージと実際の仕事の間にギャップはない。
「スピード感はありますね。上長に許可をとるような場面でも、意思決定は本当に早いです。個人の営業担当に一任されている部分ももちろんあります。なんでもかんでも上に聞いてばかりでは自立できませんからね。ちゃんと自分で考えながら、他部署とのコミュニケーションも円滑に取って、成功事例は社内で共有するようにしています」
仕事がうまくいけば、それを持ち帰ってほかの営業担当と一連の流れを共有する。成果を独り占めするのではなく、基盤が強くなることで全体が成長していくのを実感している。
「ALTRA(アルトラ)も、はじめはハイエースにサンプルを積み込んで全国行脚したと聞いています。スマートに営業をこなす部分と泥臭くやるところの両立が大事なんだと思います」
まじめな男なのだ。
店で買うことには価値がある
この春注力しているのは、アメリカのウールブランド「Ibex(アイベックス)」だ。ウールアパレルを手がけるブランドのなかでも生地の種類が多いのが特徴。春夏向けの薄手のものから厚手の暖かいものまで12〜13種類もあり、日本でも8種類を展開する。ウール糸をつくる紡績方法も複数あり、季節や用途に応じた幅広いラインナップが魅力だ。
春夏製品が入荷した4月はじめのある週末、千葉県の人気プロショップ「ヨシキ&P2」でポップアップイベントを行なった。
開店時間の少し前に店に入ると、すでにスタッフの手でコーナーがつくられていた。年4回開催するセールに合わせたタイミングで、ヨシキスポーツ社長の吉野時男さんも期待を寄せている。
「最近は『○○が安い』よりも『イベントしてます』の方がお客さまからも注目されますね。ウールは秋冬のイメージが強いですが、この時期にこうして見ていただくことで認知を高めて秋冬のステップアップにつなげたいと思っています。ポップアップはブランドや輸入元の協力あってこそで、担当者が協力的でないとはじまらない。担当が前野さんでよかった(笑)」
ヨシキスポーツとは前職からの付き合いになる。そういう得意先はほかにもたくさんあり、そのころから築いた信頼関係は得難いアドバンテージになっている。前野自身も、「たくさん勉強させてもらって、前の会社には本当に感謝しています」と話す。
ポップアップは十分な成果を残した。
事前のヨシキ&P2の宣伝も功を奏して、アイベックスを目当てに来店した方がいた。以前からアイベックスのファンで、「縫製がていねいで、着心地の良さが長続きするのがいい」という高評価だ。「見るだけ」と話していたが、前野とのアイベックス談義が盛り上がり、Tシャツをお買い上げ。
ひとりの女性は薄手のフーディを探しにふらりと店に来て、いくつかを着比べて「スプリングボックサンフーディ」をご購入。ウールの肌触りの良さが決め手になった。アイベックスは知らなかったそうだが、ブランドネームではなく、製品に触れて選ばれたのはうれしいところ。ほかにも、用意できなかったカラーやサイズの注文も入った。
オンラインでもモノは売れますが、お店で売れる一点にはより価値があると思っています。そういう意味でも、このポップアップは良い足がかりになりました」
終了後の商談もまとまり、定番商品として取り扱ってもらうことが決まった。ポップアップは、このあとほかの地域でも展開していく予定だ。
「各店によってスタイルは変わりますし、とくに地域によっても特色が異なるので、ほかのお店に行くのが楽しみです」
オンラインでの買い物が当たり前になったいま、実店舗での買い物は、以前とは違う価値を持つようになった。必要を満たすだけではない、本当に「ほしい」と思えるものを探す楽しみと、それに出会ったときの満足感。便利だけではない喜びがあることを、あらためて前野は教えてくれた。
Profile
前野善太郎(まえの・ぜんたろう)
神奈川県出身。中学校時代からボクシングにのめり込み、トレーニングの一環ではじめた登山にはまる。大学は法学部で政治学科を専攻したが、スポーツに関わる仕事を志望してアウトドア業界に入る。好きな山域は八ヶ岳や北アルプス。帰宅後のランニングが日課になっている。